第1回講義「ゲノム編集が変える⁉ 生命科学研究」Q&A
Q1. 人間のコード領域のうち、どのぐらいの部分はどのようなタンパク質を作るかわかっているのか教えて下さい。
A1. 遺伝子の数え方(定義の仕方)にもよりますが、タンパク質をコードする遺伝子は約22,000個あり、ゲノムの2%弱を占めていると考えられています。タンパク質の種類には、酵素反応を担うタンパク質、細胞の構造を作るタンパク質、細胞内外でシグナルを伝達するタンパク質、DNAの転写や翻訳、複製を行うタンパク質、細胞分裂を制御するタンパク質など、多種多様なものがあります。
Q2. 途中の、ZFNやTALENでは、酵素をデザインする必要があるとおっしゃっていましたが、デザインとは具体的にどのように行うのですか?
A2. DNAの塩基配列に対応するアミノ酸配列の「ブロック」を組み合わせていくような形でデザインし、そのアミノ酸をコードするDNA配列を組み上げて発現ベクターを構築し、このベクターからmRNAまたはタンパク質を合成します。構築するステップが複雑で時間がかかり、しかもその組み合わせ方にノウハウが必要で難易度が高くなります。これに対してCRISPR/Cas9ではCas9タンパク質自体は同じものを使うので新たにデザインしなおす必要がなく、sgRNAと呼ばれる小分子RNAを合成するだけで済みます。RNAの合成は現在では非常に安価になっています。合成にかかる期間も短く、素早く実験をすることができます。
Q3. ゲノムはどこまで壊したら生物として成立しないのか聞きたいです。
A3. ゲノムの中にも大事な部分と比較的どうでも良い部分があり、また大事な部分もそれと同じ働きをする他の場所が機能を補償してくれる場合も多くありますので、「どこを壊すか」によって結果が違います。ゲノム編集の場合、「オフターゲット」効果で、もし他の重要な遺伝子が壊れてしまうと大きな影響が出る可能性がありますが、ゲノムの多くの領域は多少壊れても影響がない部分なので、このような場所にオフターゲット切断が起きたとしても特に影響がないということもありえます。
Q4. 遺伝子改変の食品には危険性が伴うのではという意見がありますが、具体的にどんなリスクが生じる可能性があるのでしょうか。(少し言葉を書き換えました)
A4. すでに食品になっているものは十分安全性が検討されているはずですので、危険性は極めて低いです。ここでは食品に限らず単純な遺伝子改変によるリスクにはどのようなものがあるかをお答えします。遺伝子導入生物の場合、入れた遺伝子が発現するタンパク質がアレルギーの原因になるなど有害であるか、あるいは外来遺伝子がゲノムに組み込まれた部位に何らかの不具合が発生し生物の機能に何らかの影響を加えるか、などが可能性として考えられます。こうした可能性は十分に検討されてから農産物として利用されることになります。単純な遺伝子破壊型のゲノム編集生物の場合、今あるゲノムの中の遺伝子が壊れるだけですので、自然に起こる突然変異と同じものと考えられ、特にゲノム編集だから起きる問題というものは考えなくて良いです。自然に起きる突然変異を加速するもの、と考えると良いと思います。
Q5. もしゲノム編集で人間をデザインすることができたら、私たち無編集の人間と編集でつくられた人間には見て分かる違いは生まれるのでしょうか。(例えば見た目が異なってしまう、など)
A5. これはゲノム編集だから特別なことがあるわけではなく、目に見える違いを生み出す変異をゲノムに導入すれば、それは当然目に見える変異となって現れます。例えば、ヒトの目や髪の色、耳垢が乾いているか湿っているか、などは原因となる塩基置換がわかっているので、もしそのような変異を導入すれば見た目が変わることになります。一方目に見えないような変異を入れたら、それは外見からはわからないことになります。もちろんヒトにこのようなゲノム編集をすることは現在は許されていません。
Q6. CRISPRを使う目的で「遺伝子の機能を調べる」とあるが、遺伝子を制御するゲノムについても調べているのですか?
A6. 遺伝子の発現を制御する領域もゲノム編集で欠失させたり変異を加えたりすることで機能解析ができます。例えば、マウスを使った実験で、性決定をするSox9という遺伝子の制御領域の一箇所をゲノムから削ると、生殖腺でのSox9の発現量が大幅に変化し、オスのゲノムを持っているのにメスになってしまうということが起きます。このような遺伝子以外の領域でのゲノム編集を使った研究も盛んに行われています。
Q7. オフターゲット効果の作用機序について教えて欲しいです
A7. Cas9によるゲノム編集の場合、sgRNAが決めるターゲットの配列がゲノムのどこを切断するかを決めますが、一部少し違う配列もCas9-sgRNA複合体が誤って認識し切ってしまう可能性があります。ですので、設計の段階でできるだけこのような意図しない切断が少なくなるようにデザインします。この他、大規模なゲノム領域の欠失などが配列の相同性がない部分であっても起きる可能性があり、ゲノム編集後にそのような意図しないオフターゲット編集が起きていないかを実験的に確認することは非常に重要です。
Q8. 人間が食べるものをゲノム編集をして、ゲノム編集酵素を入れた時に意図しない配列がゲノムに残ってしまった場合、どのように取り除くことができるのか?(少し言葉を変えました)
A8. 現在よく用いられているCas9タンパク質と小分子RNAによるゲノム編集の場合、ゲノムに組み込まれたりして後の世代に残る要素(外来遺伝子)はありません。Cas9などをプラスミドの形で入れて細胞で発現させて用いる場合には、このプラスミドのDNAが組み込まれて、ゲノム編集酵素を発現し続けることはあります。外来遺伝子配列については有害かどうかに関わらず入っていないことを確認することがゲノム編集食品としては必要になります。これは全ゲノムの配列決定をすることで確認をすることができます。食品とは関係なく普通の実験では、特定の塩基配列をゲノム編集によって取り除くことは簡単にできます。
Q9. 講義内で、ヒトのゲノムの98%はその他の2%の遺伝子のプログラムに関わっているとおっしゃられましたが、ヒトよりもゲノムの遺伝子ではない部分が少ない大腸菌などの生物においても同様と言えるのですか?またその遺伝子領域でない部分が多ければ多いほどその生物の体の構造は複雑になっていくと言えますでしょうか?そしてその遺伝子でない領域というのは原始生物の発生段階から存在していたんですか?
A9. 真核生物同士で比べても、例えば酵母では遺伝子間領域は非常に小さく、ゲノムの多くの部分が遺伝子で占められています。一方ヒトでは遺伝子は2%にすぎず、大半は非コード領域です。これだけで見ると非コード領域のサイズと生物の複雑さは相関するかのように思えて今いますが、ことはそう単純ではありません。まず大事なことは、タンパク質をコードしていない非コード領域の全てが機能を持っているわけではありません。例えばトランスポゾンが大量に非コード領域中に存在していますが、その多くは取り立てて特別な機能を持っていません。生物種によってこのトランスポゾンが占める割合は大きく異なっていて、中には大量に増幅して巨大ゲノムになっている生物種がありますが、この場合はゲノムが大きくなったからと言って単純に機能が増えた(複雑化した)ということはないと考えられます。非コード領域に関してはまだわかっていことが多く、これから発展が見込まれる研究分野です。
Q10. 今は、医療機関が大幅に発達したことで、突然反応が起きても生き残りやすさにあまり差が出ないので、人間は進化する可能性が低いのでしょうか。
A10. 医療が発達するということは、環境要因が変わったということになり、これまでに生き残れなかった個体でも次世代を残すことができるようになるのだとすれば、むしろより多くの変異をヒト集団が持つことになり、進化の可能性はより大きくなるとも言えます。ここで重要なのは、学問的に言う「進化」とは遺伝的変異が生じゲノムの構成が変化していくことだということです。もし環境が変化すると新しい環境により良く適応する変異をもつ集団が有利になりますが、それにはどれだけ元の集団に変異が多く蓄積しているかが重要な要因の一つです。何が有利になるかを前もって予見しそれに対応する変異を準備しておくということは一般に難しいので、現在の状態から将来の進化を予測することは非常に難しいのです。
Q11. 蜂などの虫を、特定の花にしか近づかない、とても偏食に編集することは可能なのでしょうか。
A11. 特定の物質に反応して味覚や嗅覚を規定する遺伝子が明らかになっていますので、ここを操作するとても偏食な昆虫ができるかもしれません。ショウジョウバエでは毒のある実を好んで食べる非常に偏食な種が研究されていますが、こうした研究から新しい昆虫デザインの発想が生まれてくるかもしれませんね。
Q12. ヒトの遺伝子改変はどこまでなら許されていますか?
A12. 現在は基本的にヒト個体のゲノム改変は行われていません。特に生殖系列(次世代につながる細胞)では倫理的な問題で厳しく規制されています。今後体細胞の一部で遺伝子治療などを目的として、安全面を十分に検討した上でゲノム編集などの遺伝子改変が行われていく可能性があります。一方、人の体に戻さないヒト由来の培養細胞では遺伝子改変を用いた実験が普通に行われています。
Q13. 中国のゲノム編集されてしまった赤ちゃんには具体的にどのような影響がありましたか?
A11. その後の科学的な報告がないため、詳細は不明です。
Q14. 生物集団の中で有利な形質が生まれると、急激に広がっていくとおっしゃっていたのですが、どうしてそれまでと変わらない形質とそんなに交配のスピードに変化が生じるのでしょうか
A14. 少し正確に言い換えると、集団中に有利な表現型を生じるアリル(対立遺伝子)が突然変異で生じると、有利でも不利でもないアリルと比較して急速に集団に広がり(遺伝子頻度が増加し)置き換わります。集団遺伝学を勉強するとこの現象が数値計算でき、どうしてそうなるのかがよく分かるようになります。
Q15. ゲノム編集を用いて、切らずに書き換える確実な技術が進んでいると教授がおっしゃっていたのですが、具体的にはどのようなやり方で書き換えているのかを知りたい
別の質問:遺伝子を切断せずに一塩基を変更するとおっしゃっていましたが、具体的にはどのような方法で切らずに編集することができるのでしょうか。
A15. 通常のCas9はDNA二重鎖を完全に切断してしまいますが、切断せずに、近傍の塩基を変化させるBase editor や、塩基配列を組み込むことができるPrime editorという新しい技術が開発されています。DNA二重鎖切断により引き起こされる副作用を回避できるので、将来の医療応用などに有望視されています。
https://en.wikipedia.org/wiki/Prime_editing
Q16. ゲノム編集は狙った塩基配列の部分を切ることができ、ゲノムは2%が遺伝子でその他は発現の制御のプログラムを担う部分だとお話がありましたが、ゲノムのどこの部分が生物のどの部分の遺伝情報を表している、というDNA解析はどのようにして分かるのでしょうか
A16. タンパク質になる遺伝子については説明不要と思いますが、例えばタンパク質にならない「RNA遺伝子」は、RNAの発現を調べることで、ゲノムのどこが発現しているかを調べることができます。また、遺伝子の発現調節領域は、エピジェネティクスとよばれるゲノムの「修飾」状態を調べることで、どこが重要かを推定することができます。更にゲノム編集で候補の配列を欠失させたとき、どの遺伝子の発現が変化するかを調べることで調節している遺伝子がどれかを知ることができます。
Q17. ゲノム編集をした生物が、自然界に放たれても、集団に広がらないと予測理由はなんですか?
A17. ゲノム編集をした生物が自然界でもし生存に有利であれば、増えていくことになります。ラボ動物(実験動物)の場合、ヒトが利用しやすいように大人しくなったり、目立つ体色(白)になっていたりしますので、仮にこういう動物が逃げ出したとすると野生種との競争に勝てず増えることはないでしょう。したがって、広がるかどうかは「ゲノム編集した生物」という観点では判断はできず、その生物が生存に有利か不利かにかかっています。ちなみに、実験動物は野外に出ることがないように厳重に管理されています。遺伝子組換え動物やゲノム編集動物を逃がすことは重大な違反になります。
Q18. 豚は、イノシシが変異して人間が飼いやすく、美味しくしたと聞いたことがありますが、この変異は、「自然に突然変異を待った」のか、「遺伝子組み換え」なのか、「ゲノム編集」なのか、どのように行ったのですか?
A18. 今みなさんが購入し食べている豚肉は、長年の交配と選抜の結果できたランドレース種、大ヨークシャー種、デュロック種といった品種をかけあわせて品質が一定になるように管理されたものです。これらは自然に蓄積した変異を選抜した品種で、「遺伝子組み換え」「ゲノム編集」ではありません。
Q19. アレルギーが出る部分だけを除いた牛肉だったりの品質を作ることができるか
A19. アレルギーの原因になる物質の生成を制御する遺伝子が明らかになれば可能かもしれませんね。
Q20. ゲノム編集において、どの遺伝子を改変するかを決める情報は何ですか?(少し書き換えました)
A20. CRISPR/Cas9においては、sgRNAという小分子RNAの配列と相補的なDNAが切断されます。したがって、壊したい遺伝子の配列の中で、ゲノムの中に同じ配列が存在しない場所を選んで、その配列に相補的なsgRNAを設計することでどの遺伝子を破壊するかを決めることができます。
Q21. CRISPRはもともとバクテリアが遺伝子を切る働きを利用していますが、切らずに性質を変えるのはもともとの働きを利用していないことにはならないのですか?
A21. CRISPR/Cas9の最も重要な機能は「特定の配列を認識できること」です。切ることはその後の付加的な機能です。配列を認識するタンパク質の機能と、DNAを切る機能は独立しています。このDNAを切る機能だけを失わせて、かわりに配列を変化させる新しい活性を人工的にもたせたのがPrime editorなどの新しい世代のゲノム編集ツールです。
Q22. トランスポゾンの転移酵素を使うのは遺伝子組換えの時ですか?
A22. トランスジェネシス(遺伝子導入)という遺伝子組換えを行うときに、トランスポゼースというトランスポゾンが持つタンパク質を用いることで、遺伝子導入効率を高めることができます。Piggybac, Tol2などのトランスポゾンがよく応用されています。これはCRISPR/Cas9ゲノム編集とは別のものです。
Q23. トランスポゾンの働きを強化して、目的のDNAをより取り込みやすいようにすることはできないのでしょうか。
A23. このような改良は普通に行われています。自然のままのトランスポゾンのアミノ酸を少しずつ変えて、より強力な転移活性を持つように「バージョンアップ」が行われています。中には、進化的に壊れてしまったトランスポゾン遺伝子(偽遺伝子と言います)から活性があった状態に復活させて、更に活性を高める改良を進めたものもあります。眠りから覚めたこのトランスポゾンはSleeping Beautyと名付けられています。ちなみに、ゲノム編集酵素でもアミノ酸を少しずつ変えて行ってより目的に適した改良版を作ることが現在行われています。
Q24. 進化は遺伝子の突然変異というお話がありましたが、例えばダーウィンの進化論で、島によってカメの口の形が異なっており、それはその島の植物に合わせて生き延びるために進化したという説があるように、突然変異はその種が直面するストレスフルな問題と関係があるのでしょうか。
A24. 重要な視点ですね。進化は基本的には、集団中に変異(バリエーション)が十分に蓄積して、環境が変わったときにその環境により適した変異が有利になって置き換わる、別の言葉でいうと、より適した表現型を持つ個体が選択されより多く子孫を残す、ということになります。ここでは、環境変化によるストレスが変異を増やす、ということは考えられていません。ところが、例えばショウジョウバエでは、Hsp90という遺伝子の機能を低下させると、それまで表現形に現れず隠れていた変異が一気に表現型のバリエーションとして現れる現象が知られていて、進化的キャパシターと呼ばれています。環境のストレスが大きくなったときに限ってこのような多様な表現型が現れやすくなることは、直面したストレスに対する応答の可能性として面白いです。(参考までに論文を示しておきます。Rutherford SL & Lindquist S (1998) Hsp90 as a capacitor for morphological evolution. Nature 396(6709):336-342.)また、ストレスがかかるとトランスポゾンの活性が上がり、ゲノムのあちこちに移動することで新たな突然変異を生み出す例も知られています。